コードブルーは何故医療現場に影響を与えたのか?翔北病院は実在した ?

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「コード・ブルー」シリーズは、誕生から10年以上の歳月が流れましたが、今なお人気が高い作品です。
そして、医療現場にも影響を与えたと言われています。
「コード・ブルー」シリーズは、なぜ医療現場に影響を与えたのでしょうか?

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「コード・ブルー」は医療現場に影響を与えた!医療現場での「コード・ブルー」の意味は?

「コード・ブルー」は、2008年にフジテレビ系列にて放送が開始されました。
ドクターヘリは、ドラマが始まる寸前の2007年には、日本全国に14機しかありませんでした。
ドラマの放送とともに導入する自治体が増え、2019年ではおおむね全国配備を達成しています。

ドラマでは、「コード・ブルー」は病院外の事故や災害に巻き込まれた緊急患者に対して、医師がドクター・ヘリで現場に向かい、処置をして病院に搬送することを表現しています。
しかし、医療現場で実際に使われる「コード・ブルー」という隠語の意味は、ドラマとは違います。
医療現場で使われる「コード・ブルー」は、病院内で緊急患者が発生したことを表します。
「コード・ブルー!コード・ブルー!何棟何階何号室前!院内に居る医師は直ちに集まってください!」というように使われています。

コード・ブルーが発令されると、病院内に居る医師は、専門の診療科目に関係なく集まります。
緊急患者の場合、倒れた原因が分かりません。
1秒を争う事態に対応するため、とりあえず全科の医師を集める必要があります。

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ドクター・ヘリが増えるとともにチーム医療も普及していった

ドラマ「コード・ブルー」は、翔陽大学附属北部病院救命救急センターに集まった4人のフェローが、フライトドクターになることを目指して奮闘する姿を描いた作品です。
4人が難しい問題に直面して、対立したり支えあったりしながら、問題に正面から立ち向かう姿が感動を呼びます。
高速道路での多重衝突事故、列車の脱線、旅客機の不時着、地下鉄のトンネル崩壊など、4人が立ち向かう非常事態が、緻密な取材を重ねたものであることも、人気の高さの理由です。

ドラマ「コード・ブルー」は、医療現場でのチーム医療の様子も描いています。
チーム医療とは、一人の患者に複数の医療専門職が連携して治療にあたることを指します。
チーム医療が日本で本格的に普及されたのは、日本にドクター・ヘリが導入されてからのことです。

日本にドクター・ヘリが導入されたのは2001年でした。
それ以前は、医師の指示のもと、看護師や薬剤師などの各専門職が治療を行うのが主流でした。
ドクター・ヘリが普及してからは、メディカル・チームを築き、安心・安全で質の高い医療を提供する医療にシフトされつつあります。

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コード・ブルーの舞台である翔北病院は実在した?

ドラマ「コード・ブルー」の舞台となっているのが、翔陽大学附属北部病院救命救急センターです。
ドラマの中では「翔北(しょうほく)救命センター」と略して呼ばれています。
翔北救命センターは千葉県全域にて活動しており、出動要請は千葉消防本部災害救急情報センターのホットラインを通じて入ってくる仕組みです。

ドクター・ヘリ事業は、翔陽大学病院に勤務していた田所が、自身が経験した離島医療を活かしながら、黒田とともに立ち上げたという設定です。
ドクター・ヘリを導入した当初は、みすぼらしいヘリポートに小さなヘリが止まっているだけでした。
しかし、黒田を呼び寄せ10年もの歳月をかけて、翔北を県内有数の救命センターへと育て上げました。

この翔北病院にはモデルが実在しているとされています。
モデルとされるのは、全国で初めてドクター・ヘリを導入した「日本医科大学千葉北総病院」です。
日本医科大学千葉北総病院は、「患者さんの立場に立った、安全で良質な医療の実践と人間性豊かな良き医療人の育成」を理念とする病院です。

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