関ヶ原の戦い!本当の裏切り者は誰!?戦はなぜ起きて西軍はなぜ負けたのか?

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関ヶ原の戦いのクライマックスが、小早川秀秋の裏切りです。
小早川秀秋が寝返りを決意して、戦いが一気に決着したとするのが、よく知られたストーリーです。

しかし、近年の研究では、小早川秀秋に寝返りを決意させた「問鉄砲」は無かったとされています。本当の裏切り者は誰で、なぜ裏切ったのでしょうか?

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小早川秀秋への問鉄砲はなかった!小早川秀秋は始めから東軍に味方するつもりだった!?

小早川秀秋は、戦闘が始まって数時間が経過しても、東軍への寝返りを決行しようとせず、家康が業を煮やしたと伝えられています。
そこで、家康が小早川秀秋へ問鉄砲を撃ちかけて、小早川秀秋が裏切りを決意したという話がよく知られています。
家康が小早川秀秋へ撃ちかけたのは大砲だったとする説もあります。

しかし、近年の研究で、問鉄砲はなかったとされています。
戦いの途中で、家康は自らの本陣を前線に近い場所へと前進させました。
それを見た小早川秀秋が、戦局は東軍が優勢と判断して、西軍への裏切りを決意したと考えられています。

小早川秀秋は、当初から東軍に味方しようと考えていたと言われています。
小早川秀秋は、秀吉の晩年に筑前・筑後33万石から越前12万石へと転封されています。
失意にあった小早川秀秋を救ったのが家康でした。

秀吉の死後、小早川秀秋は、家康のとりなしによって再び筑前・筑後の旧領を取り戻しました。

→関ヶ原の戦いは無かったのか!?本当の真実と知ると怖い話

本当の裏切り者は小早川秀秋ではなかった!?西軍の行動を阻止した人物がいた

関ヶ原の戦いで東軍優勢の状況をつくるのに、重要な働きをした人物がいました。
真の裏切り者と言えるのがこの人物です。
その人物は、毛利輝元の家臣「吉川広家(きっかわ・ひろいえ)」です。

吉川広家は、一族の中で年長かつ実力者であったため、当時、毛利家を実質的に取りまとめる中心人物でした。
吉川広家は、関ヶ原の戦いで、家康の背後にあたる南宮山に布陣して、戦いの様子をじっと見守り続けていました。
そして、東軍の苦戦を傍観しながら、東軍を攻撃しようとする西軍の動きを阻止しました。

三成は、合戦の途中で何回も吉川広家に督戦を促しました。

しかし、吉川広家は「いま弁当の準備をしている」と返事をしたというエピソードが残っています。
吉川広家が西軍の行動を阻止した結果、家康は本陣を前進させ、小早川秀秋に裏切りを決断させることとなります。

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本家が西軍の総大将に担がれて西軍に参加!本家の存続のため家康に内応

吉川広家は、なぜ、裏切ったのでしょうか?
吉川広家が西軍に参加したのは、自らの意思ではありませんでした。
吉川広家は行きがかり上、仕方なく西軍に加わりました。

吉川広家は、当初、家康の上杉討伐に合流しようと出陣するところでした。
石田三成が突然挙兵し、本家の毛利輝元がその総大将に担がれます。
そのため、同族の吉川広家も西軍に加わらざるを得なくなりました。

吉川広家がなぜ裏切りを決意したのかというと、「西軍に勝ち目はない」と見ていたためです。
吉川広家は、親しかった東軍の武将、黒田長政を通じて家康に内応、毛利家の存続の約束を取り付けていました。
ちなみに、黒田長政は、小早川秀秋にもたびたび内応の約束を促していました。

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