NHK大河ドラマいだてんは実話それともフィクション!?時代のまとめ

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いだてん 前編 (NHK大河ドラマ・ガイド)

2019年1月6日から始まるNHK大河ドラマは『いだてん〜東京オリムピック噺〜』です。
人気脚本家・宮藤勘九郎さんのオリジナル作品です。

『いだてん』は、オリンピックに日本で初めて参加した金栗四三(かなくり・しそう)とオリンピックを日本に呼んだ田畑政治(たばた・まさじ)が主人公です。

宮藤勘九郎さんは、「ノンフィクションの面白さを実感」するとともに、「どの程度フィクションを紛れ込ませるか」に苦労しているそうです。

物語の舞台となる時代は、どんなものだったのでしょうか?

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日本初のIOC委員は嘉納治五郎だった!理由はスポーツによる教育改革に熱心だったから

『いだてん』は、東京高等師範学校の校長・嘉納治五郎の元にオリンピックの招待状が届くところから始まります。
時は1909年、嘉納治五郎は国際オリンピック委員会(IOC)委員に日本人として初めて就任しました。
嘉納治五郎は、講道館柔道を創始した人物として知られていますが、柔道のみならず体育に熱心な教育者でした。

嘉納治五郎は、体育は身体を強くするだけではないと考えていました。
自体ともに道徳的に高めることが出来、生涯続けることで、心身ともに若々しく活動しながら、幸福に生きることができると、嘉納治五郎は考えていました。
近代オリンピックの創始者で、当時IOC会長であったクーベルタンは、スポーツによる教育改革に熱心な人物を仲間に加えることを求めていました。

嘉納治五郎は、IOC委員に就任してからオリンピック・ムーブメントに積極的に関わりました。
スウェーデン・オリンピック委員会の求めに応じて、1912年の第5回オリンピック競技大会に日本選手を参加させる準備を行います。
最初の大仕事がストックホルム大会に参加するための国内統括団体の創設でした。

【いだてん】三島弥彦の史実!日本初のオリンピック代表選手の実力は?

組織作りに時間がかかった!予選会の出場資格はどんなものだったのか!?

当時の文部省も既存の大日本体育会も、オリンピック競技大会への参加に消極的でした。
嘉納治五郎は、各大学をまわって参加の意義を説き、ようやく1911年7月、東京帝国大学、早稲田大学、慶應義塾大学などの賛同を得て大日本体育協会創設に至ります。
嘉納治五郎が会長につき、事務所は東京高等師範学校に置きました。

オリンピックの国内予選会が開催されたのは1911年11月でした。
対象種目は陸上競技13種目に限定されました。
この予選会で代表に決まったのが、短距離の三島弥彦(みしま・やひこ)とマラソンの金栗四三でした。

ちなみに、予選会の出場資格は、①16歳以上、②品行方正な学生、③中学校あるいはこれと同等と認められたる諸学校の生徒・卒業生、④在郷軍人会会員、⑤地方青年団団員と市町村推薦状を有する者でした。
つまり、アマチュア資格に限定されていました。

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→【いだてん】東龍太郎都知事の経歴や実績!オリンピック知事の史実に迫る

ストックホルム大会での惨敗後の金栗四三と三島弥彦の人生は?春野スヤとは見合いだった!?

NHK大河ドラマでは、ストックホルム大会に参加した金栗四三と三島弥彦の残念な結果が描かれます。
金栗四三は、26キロ地点で日射病により失神してしまいます。
三島弥彦は、予選敗退を喫し、「短距離では欧米人に一生勝てない」として競技を諦めて銀行マンとして歩む決意をします。

金栗四三は、一睡もせずに失敗の原因を考え、日誌に書き込みます。

「四年後を見てくれ」

NHK大河ドラマでは、帰国後に金栗四三は春野スヤと結婚します。

実話では、春野スヤは、金栗四三を養子に欲しいと懇願した池部幾江の選んだ相手です。
春野スヤのことを金栗四三の兄の実次がすっかり気に入り、四三は兄の命令で結婚を前提とする見合いをすることにします。

春野スヤは、金栗四三のマラソンへの情熱を十分に理解しており、見合いの場で「貴方のご決意は十分に分かっているつもりです」と言ったそうです。
見合いの翌日に二人は祝言を挙げ、結婚式から5日後に金栗四三は、ベルリンオリンピックを目指すため、新妻を熊本に残し、単身で東京へ戻りました。

→【いだてん】たけし演じる古今亭志ん生の史実!どんな落語家だったのか!?

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