火垂るの墓!清太と節子は裕福な家庭で父親は海軍大佐?

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

・アニメ【鬼滅の刃】最新話までの見逃し動画配信サービス&全話のあらすじと感想!

・【鬼滅の刃】予想考案!黒い刀の意味とは?炭治郎の日輪刀の謎

・【鬼滅の刃】最強!?岩柱・悲鳴嶼行冥の強さやプロフィール!?盲目剣士の謎

・【鬼滅の刃】不死川玄弥(しなずがわげんや)が呼吸を使えない理由と鬼化の謎

・【鬼滅の刃】嘴平伊之助(はしびらいのすけ)のプロフィール・強さ・特徴

・【鬼滅の刃】鬼殺隊や柱を育てる育手達の特徴&一覧!?

・【鬼滅の刃】上弦の弐・童磨(どうま)の強さや能力!宗教団体「万世極楽教」とは!?

・【鬼滅の刃】の予想考案!鬼舞辻無惨の死=全ての鬼が滅びる!禰豆子も滅んでしまうのか?

・【鬼滅の刃予想考案】珠世が無惨の呪いを克服出来た理由!鬼の治療法の謎

・【鬼滅の刃】痣の発動条件を予想考案!体への負荷で寿命を縮めるのか!?

・【鬼滅の刃予想考案】ヒノカミ神楽と日の呼吸!技一覧と継子の謎

・【鬼滅の刃】上弦の参・猗窩座(あかざ)は何故強さを求める!?人間の時に何があったのか?

・【鬼滅の刃予想考案】鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)が竈門家(かまど)を襲った謎!?無惨は何をしに来たのか?

・【鬼殺の刃】生き残った5人の鬼殺隊精鋭隊士!炭治郎(たんじろう)の同期達の特徴

・【鬼滅の刃の予想考案】竈門禰豆子(かまどねずこ)が太陽の光を克服出来た謎!既に青い彼岸花を見つけていたから!?

・【鬼滅の刃の予想考案】上弦の壱・黒死牟(こくしぼう)の正体!日の呼吸の剣士との関係性

・【鬼滅の刃の予想考案】産屋敷一族(うぶやしき)と鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)の関係性!お館様の病気の謎

・鬼滅の刃の考案!鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)が求める青い彼岸花の花言葉と不死への伏線

・【鬼滅の刃】元十二鬼月・響凱(きょうがい)の強さや特徴!何故下弦の陸を剥奪されたのか?

・【鬼滅の刃】下弦から上限まで!十二鬼月最強ランキング

・【鬼滅の刃】柱一覧!最強順に並べてみた!一番強いのは××柱

「火垂るの墓」は、戦時中に社会から孤立した幼い兄妹が、死に至るまでを描いた作品です。
「4歳と14歳で生きようと思った…」
この兄妹が大人たちの救いなく亡くなる事に、観客は涙します。
しかし、実はここに「火垂るの墓」という作品の魔法があったとされています。

スポンサーリンク

設定に実は無理があった⁉︎軍事評論家顔負けの宮崎駿氏が指摘

野坂昭如氏の原作の設定に異議を唱えたのが、宮崎駿監督でした。
宮崎駿監督は、軍事評論家と議論出来たほど軍事関係についての知識が豊富でした。
その宮崎駿監督は、清太と節子の兄妹は、設定通りならば、「絶対に飢え死にしない」と断言しています。

幼い兄妹が死に追いやられた事を「戦争の本質をごまかしている」とさえ言い切っています。

そのように断言する理由は、清太と節子の父親が海軍の士官という設定だったためです。

「海軍の士官というのは、確実に救済し合います、仲間同士だけで。しかも、巡洋艦の艦長になるというのは、日本の海軍士官の中でもトップクラスのエリートですから、その村社会の団結の強さは強烈なものです。」

団結の強さについて、宮崎駿監督は次のようにも述べています。

「神戸が空襲を受けたというだけで、そばの軍管区にいる士官たちが必ず、自分じゃなかったら部下を遣わしてでも、その子供を探したはずです。」

→火垂るの墓は実話なのか?舞台はどこなのか!?

清太と節子の父親は海軍大佐だった⁉︎あえてその設定をした理由とは?

映画では、清太が妹の節子に父親の事を話すシーンがあります。

清太「兄ちゃんな、節子の生まれる前、観艦式見たことあったんや」
節子「かんかんしき?」
清太「せや。お父ちゃん、巡洋艦『摩耶』に乗ってな。連合艦隊勢揃いやで」

観艦式とは、軍艦を並べて壮行する式の事です。
巡洋艦「摩耶」は、レイテ沖海戦で米潜水艦の雷撃によって沈没しました。
乗組員は戦艦「武蔵」に救助されましたが、「武蔵」はその翌日、沈没を体験しています。

映画では、このシーンの後に、軍艦マーチをバックに敬礼した兄妹の父親が登場します。
軍服の袖章(そでしょう)と襟章(えりしょう)を見ると、兄妹の父親は「大尉」のものを身につけています。

神戸で観艦式が行われたのは事実です。
原作では「昭和10年」となっていますが、おそらく昭和11年10月の特別大演習観艦式を元にしていると思われます。
奉祝のためにライトアップされた神戸の街の写真が、「火垂るの墓」の清太の回想シーンに一致します。

ただし、昭和11年10月の観艦式には「摩耶」が参加したという記録はありません。

また、昭和16年頃から機密保持が厳しくなり、どの艦に乗っているかは、家族にも漏らしてはいけない事になっていたとされています。
清太と節子の父親が帰ってくる事が叶わなかった事を明示するため、「摩耶」という設定がなされたと見るのが適当でしょう。

ちなみに、巡洋艦の艦長になるのは、「海軍大佐」です。これは世界共通ルールです。
劇中に夏用の軍服を着用した父親の写真が出てきます。
表情が回想シーンのものよりも、年齢を加えた感じになっています。

肩についている階級を示す章を見ると、写真を握っている手に微妙に邪魔されて、階級がイマイチ分かりません。

当時の海軍の昇進ペースをもとに考えると、清太と節子の父親は約8年で大佐になっているため、超超ハイスピードの出世をした事になります。

現実問題としては無理のある設定ですが、「戦時中は子供も無残な死に方をした、エリートの子供も関係なかった」という事を訴えるために、清太と節子の父親を海軍大佐に設定したのではないかと考えられます。

スポンサーリンク

→火垂るの墓の都市伝説!節子の本当の死因と清太はなぜ死んだのか?

キャッチコピーの意味するところは?社会からはみ出した兄妹の悲劇

トップクラスのエリートの子供だった清太と節子が死に至るのが、「火垂るの墓」の核となる内容です。

ところが、当時の現実で、作中に描かれていないものがあります。
海軍の同期の絆です。また、隣組です。

物語後半、兄妹は親戚の家から出て行き、それ以降、社会とのつながりを断つ形で悲劇に向かって行きます。

清太が近所の人に野菜を分けてもらいに行き、拒絶されるシーンがありますが、現実なら、拒否した後、隣組長に連絡します。隣組は、互助とともに、不審者のチェックも果たしていました。見慣れない人間がいたら、報告するのが隣組の義務でした。

隣組長から警察に通報が行き、警察から事情聴取されるというのが、当時の普通のあり方です。そこで、海軍士官の同期に連絡が行き、身寄りがなければ、同期の誰かが一時的に預かる事になるのが、当時の常識です。

そうした社会的なつながりからはみ出した事で、2人の幼い子供は死に至ります。
子供だけで生きようとして果たせなかった悔い。

「火垂るの墓」は、原作者である野坂昭如氏が亡くした妹の「母となり父のかわりをつとめることは、ぼくにはできず」にいたという悔悟の念を、ピュアな形で表現した作品とも言えます。

→ゲド戦記の怖い都市伝説・裏話・謎をまとめてみた

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする