火垂るの墓は実話なのか?舞台はどこなのか!?

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高畑勲監督が4月5日に亡くなり、日本テレビ系映画番組『金曜ロードSHOW!』で「火垂るの墓」を放送することになりました。
高畑勲監督の代表作「火垂るの墓」については、「実話なのか?」がしばしば問われます。
「火垂るの墓」の舞台はどこでしょうか?

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火垂るの墓のココが実話!原作は妹の年齢が違う!妹への兄の愛情は⁉︎

「火垂るの墓」は野坂昭如氏による同名の短編小説が原作です。
野坂昭如氏は、自らの戦争体験をもとに、兄妹が餓死するまでの悲劇を描きました。
野坂昭如氏には2人の妹がいました。2人とも亡くなっています。

上の妹が亡くなった時には、生活にまだ余裕があったので、野坂昭如氏は、妹に愛情を注ぐ事が出来たと言います。
野坂昭如氏が家や家族を失い、幼い妹と二人きりになったのは、その後でした。
当時、野坂昭如氏は14歳、下の妹の恵子は1歳4ヶ月だったと言います。

野坂昭如氏の下の妹は、まだ喋れませんでした。
映画「火垂るの墓」では「4歳の妹が喋る」と、野坂昭如氏は、設定の違いを鋭く指摘しています。
赤ん坊に等しい幼すぎる妹に、野坂昭如氏は十分な愛情を注ぐ事が出来ず、妹をしばしば疎ましく思ったと語っています。

下の妹の「母となり父のかわりをつとめることは」出来なかったと、野坂昭如氏は言います。

わずかな米を妹に与える時、スプーンでお粥をすくう角度が「どうしても浅くなる」のが実情でした。妹には重湯の部分を与え、米粒は自分が食べてしまう事が重なりました。

では、「どこからどこまでが実話なのか」を見ていきましょう。
妹を喜ばせるために、蚊帳の中に蛍を放ったのは事実だと言います。
汗疹(あせも)の出来た妹を海水浴させてやったのも事実です。

それ以上に重い現実が、妹の死でした。

自分の手の中で死んでいった妹の亡骸を火葬し、遺骨をドロップ缶に入れたのは、実話です。

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→火垂るの墓の都市伝説!節子の本当の死因と清太はなぜ死んだのか?

妹の名前はどこから取ったの?実は××の名前だった

野坂昭如氏は、幼くして他界した妹の恵子への鎮魂と贖罪の思いを込めて、「火垂るの墓」を書いたとされています。妹の名前を「火垂るの墓」の中では「節子」としています。「節子」という名前はどこから取ったのでしょうか?

野坂昭如氏は養子でした。幼少期に生母と死別した野坂昭如氏は、神戸で貿易商を営んでいた叔母夫婦の養子になります。

養母の名前が「節子」でした。ちなみに、妹も養子だったと言います。

野坂昭如氏の周りには、もう1人「節子」がいました。
野坂昭如氏が小学校1年生の時に一目惚れした同級生の少女の名前が、「節子」だったと言われています。

なお、原作者の野坂昭如氏は、疎開先の家の娘で、自分よりも2歳年上の京子に夢中だったと語っています。それが野坂昭如氏の初恋でした。
中学生だった野坂昭如氏は、血のつながらない幼すぎる妹の事より、当時は、初恋にときめいていたと言います。

→となりのトトロ都市伝説!狭山事件との関係を検証、地蔵にメイの名が刻まれている?

火垂るの墓の舞台は?防空壕での生活は実話なのか⁉︎

「火垂るの墓」の舞台は、兵庫県神戸市と西宮市近郊です。
「実話なのか?」という問いに答えるのが、舞台でしょう。

野坂昭如氏は、1945年(昭和20年)6月5日の神戸大空襲によって自宅を失っています。家族はこの時の大火傷で亡くなりました。
生き残った野坂昭如氏は、焼け跡から食料を掘り出して、西宮まで運んでいます。

家と家族を失った野坂昭如氏は、義妹とともに西宮市満池谷町の親類宅に身を寄せます。この時、近くに広がる谷間に10ヶ所ほどあった防空壕で過ごした体験もあると言います。

ただし、家を出て防空壕で生活したという事実はないそうです。

野坂昭如氏は、西宮から福井に移りました。食糧事情は一層厳しくなり、妹にろくに食べ物を与えなかったと、野坂昭如氏は語っています。

また、泣き止まない妹の頭を叩いて、脳震盪(のうしんとう)を起こさせた事もあったと言います。
野坂昭如氏は、まだ平和だった時代に上の妹を可愛がれた思い出を交えながら、「火垂るの墓」を書いたと明かしています。

→風の谷のナウシカ都市伝説!人造人間説は嘘?本当?

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